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不倫と薬物のいつまで
今日、3人の女の子たちとインターネットを見ていた時に
矢口真里が不倫相手と半同棲していたというヤフーニュースに、女の子たちが

「信じられない」「よくやるよねぇ」とわいわいしていた。

え、なんで?って聞いたら

「だって、不倫してたんだよ?浮気だよ?」

でも、今はもう離婚したんでしょ?

「私は不倫も浮気も許せない!」

じゃーいつこの人は恋愛再開してもいいの?

「・・・・・・・・・・。」


「不倫」というのは、やはり良くないことだと思う
俺は結婚してないけど、もし奥さんが不倫していたらそりゃ怒るだろう

だけど、不倫したからって、恋愛を自粛することはないと思う
不倫がばれて離婚して、芸能界からも追放されて、それで好きな人とも一緒にいちゃいけない。なんて
精神が弱い人だったら、死んでしまうと思う

もし、死んじゃったら今度はかわいそうだと思うのだろうか

離婚して、開き直っちゃいないだろうし、こうやって外に出て、フライデーされるかもしれない中
好きな人(なのかどうかは知らないけど)と一緒に焼肉を食べる元気ができて良かったね。と思う。


時間が解決する

そう、これは本当にそうだと思う。俺も何度も時間に助けられて来ている。
じゃー不倫してバレて別れた人は、いつ人から認められるのだろうか?

いつからなんだろ?

どんなときもの人は1999年8月に麻薬所持で捕まって、300万円払って保釈されて、同年9月に合成麻薬所持でまた捕まっているんだけど、今はそんなことは忘れ去られているかのように僕が僕らしくあるために好きなものは好きと言える気持ち抱きしめていたいと、テレビに頻繁によく出ている。

俺はいつもこの人麻薬やってたんだよなーって思って見ている

もう一人、2005年、2008年に三度目(おいおい)の覚せい剤で捕まった方も、いらっしゃるが、好きな人なので歌詞は伏せておこう。

だけど、この方も、もうヤクなんてしないなんての人よりかも早い段階で、ホールツアーもやるわで自粛なんてことなく
表舞台に出て来ている。

それに比べたら矢口はまだ1回目である。

法に罰せられて、処分を受けて、きっと反省はしているんじゃないかな、、、

いつまで反省して、自粛していればいいんでしょう?

僕は小さい頃「いい子にしていたら買ってあげるね」って親に言われるたびに
イライラしていた。

それっていつ?その時はいつなんだい?と。

何もなかったことのようにとはいかないと思うけど
自虐ネタになるのか、いじられるのかわかんないけど、またテレビに出るのかもしれない。

その時は「この人不倫してバレてたんだよなぁ、しかも自宅で、、、」と思いながら俺は見ているかもしれない。


注)不倫も、麻薬もだめだからね。

あ、あと、世の中の女の子たちはいつもyahooニュースや、msnのニュースを見ているということが意外だった。
ライヴドアの記事がおもしろいんだよ。って教えてくれました。

では、また。
 

 
| かんがえること | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
何も知らなかった。
何もしらなかったこと

小学生の時に日系ブラジル人が3人ほど転校してきた
この頃はサッカーに夢中でキャプテン翼ばかり読んでいたので、
サッカーといえばブラジル人!!
もう、日系という部分はよくわからずにブラジルというワードだけで
当時マイケルという転校生に「サッカーしようぜ」って絡んでいたのを覚えている

俺はこの小学校の前には沖縄にも住んでいたので米軍、アメリカ人が珍しくもないし
比較的早い段階で外国人と接していたのもあったのせいか
日系ブラジル人もとくに何も気にせずに、子供ながらに
「ぶらじぃるぅーーーー」ぐらいのテンションでサッカーをしていた。
ちなみにマイケルは運動は全然だめで、勝手にサッカー仲間に加えられ、そして勝手にガッカリとされていた。

ごめんね、マイケル。

話は本題に移るが、、、

さっきテレビでブラジルに移殖しよう!というのがあったのを知った。



セグンダ・コロニア・デ・トメアスーという村がブラジルにある
これは英語だったらsecond colonyだ。

トメアス第二殖民地

トメアスは,アマゾン川の河口にあるパラ州の州都ベレンの南東,直線距離で125kmの位置にあり,「第二」がつくのは,第二次大戦以前,1929年からの移住地であるトメアス移住地(旧アカラ植民地)に対するもので。第二トメアスは,トメアス移住地に隣接しているが,その歴史は比較的新しく,1962年以来の入植者からとのこと。

この計画は人口増加に伴い日本政府が計画したもので
遡れば1901年?ぐらいから北米、ハワイ、ブラジル、ペルーを移殖地としてあった。

自分の国から出ることを勧めるってなんか不思議な感覚だけど
それは今だからだろう。

1962年からの移殖者は日本での生活よりも、ブラジルで!と希望を胸に
家族で行く人が多かったみたいで、その時に与えられた土地というのは
アマゾンにある土地で、木がたくさんあって、道もないようなところだったとのこと。

だから、まずは大木を伐採するんだけど

もちろん手作業。
これを切るだけでも大変だけど、今度は倒れた木をきっとまた切ったりしないと
運べないわけで、、、想像を絶します。

1940年代〜60年代は黒いダイヤモンドといわれたビンメタ(胡椒)の栽培で
だいぶ潤った時代だったんだけど、70年代には水害で壊滅状態で、、
それからはトロピカルフルーツやカカオなどの作物を作って、生活していたらしいです。

調べてみると、1962年〜82年までに539人の移住者がいて
44人の日本人が死亡している。そのうち70歳以上が4人で、
働き盛りだった40~50代ぐらいの人たち、新生児が40人も死亡している。

あのアマゾンを開拓したって、とても想像がつかなくて
木を切って、道を作り、水を運び、畑を耕し、種から作物を作り過ごす。

日本人が外国でそのような生活をしていたことを今更知った

こんなことみんな知っているのだろうか、、

今や、平成生まれを「ゆとり」だとか言っているけど
俺も十分「ゆとり」であるなぁ、、、と思った。

そして「時代は違いますから」なんて言い訳というか、正論というか
その時代を生まれた日から生きてきている人にしかわからないのだけどね。
(60年生まれの人と80年生まれの人が今同じ時代を生きているわけではないという意味)

ちょっともっと調べてみようと思うけど、非常に興味深い話だった。

参考にしたのはこちら

| かんがえること | 12:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
漫画「はだしのゲン」が松江市の学校で閉架になった。みなさんは手にとれない本を開くことができますか?あったことかもしれないことをなかったことにはしないようにしたい。
学校の図書館で「閉架」とされた本は僕が小さかった頃でもたくさんありました。
それを「読みたい」と思ったことなんて一度もありません。
だって、手の届かないところに置いてあったり、鍵のしまった扉の中に入っていましたから
本を開かないと、その本の中身には興味はひかれません。

そう思いませんか?

小学生2年生の時に沖縄に引っ越しました。
まだ歴史について何も知らない8歳の夏です。

終戦記念日が近づく夏になると、僕の小学校の長い廊下には戦争の残酷さ、人が逃げ込んだ防空壕に向かって火炎放射器を放射するアメリカ人の写真や、足や手がなくなった人間の写真がたくさん並んでいました。
僕は毎日その写真の横を歩いて教室まで入りました。

とても怖い写真だった、その写真の中の戦争を向き合って過ごす中
視聴覚室に2年生全員が集められ、「アニメ」を観ますと先生は言った。

それが「はだしのゲン」でした。

それ以来、僕らの会話の中には戦争という言葉が出て来たように思う

米軍が駐屯する沖縄県。

僕らは8歳の頃からアメリカ人なんて珍しくもなくて
子供ながらに飛行機が飛んでいれば「B-29だ!!」なんて言っていたし
「また原爆を落とそうとしている、戦争が始まるかもしれない!」なんてデマも流れて
僕はとても怖かった。

戦争を知ったのは沖縄に住んでいたから、少しだけ早かったんじゃないだろうか
ちなみに僕は母親が長崎の生まれなので、おじいちゃんはもちろん戦争に行っていますし
長崎に住んでいました。

毎年夏休みは長崎に行って、原爆が落ちた日、終戦記念日と、テレビで当時の僕には
興味がなかった映像がたくさん流れていました。

でも、その興味がなかった映像を僕はやっぱり覚えているんです。

おじいちゃんは戦場にいったけど、山の裏側にいて、反対側から砲弾が飛んで来て頭の上を
越えて行った、、、と話をしてくれたし
親戚のおじいちゃんも防空壕に避難していたら、アメリカ軍が拳銃を構えて入って来たけど
少しだけ英語が話せたから命は助かったと話をしてくれました。

直接聞く話は強烈に覚えています。


以下はchange.orgからの引用です。

朝日新聞の報道(http://digital.asahi.com/articles/OSK201308160095.html)によると、「12月の市議会教育民生委員会で審査した結果、「議会が判断することには疑問がある」と全会一致で不採択になった。複数の委員から「大変過激な文章や絵があり、教育委員会の判断で適切な処置をするべきだ」との意見が出たため、市教委があらためて協議し、閉架を決めたという。」とありますが、子ども達はしっかりと作者・中沢啓治さんのメッセージをまっすぐに受け止めています。

(change.org)からの引用ここまで。(現在はリンク切れていますね)

事実と異なることもあるかもしれない
本当のことも書いてあると思う。

「ありもしない日本軍の蛮行が描かれており、子どもたちに間違った歴史認識を植え付ける」として、小中学校からの作品の撤去を求める陳情が市民から市議会にあった。」

もはや、真実などどこにあるんだろう
誰が見て来たものを口頭で説明すれば、事実であると納得するんだろう?

慰安婦はいなかった
強制連行はなかった

間違った歴史認識を植え付けるかもしれない

「あったかもしれないし、なかったかもしれない」から見せるのやめよう、知らせるのはやめようってやっていたら、
本当に要約された「あらすじ」のようなものしか、これから生まれてくる子どもたちは
知る事がなくなってしまって、そのうち年表のように戦争があったことしか記載されなくなってしまうんじゃないか。(これは大げさだけどね)

でも、これからどんどんとさ
「原爆が落とされた戦争」を体験した人間がいなくなってしまうんです
それを体験した人の文章を、これからの時代を生きる人間に見せないようにするというのは
どうなんでしょう?

閉架になった本でも先生の許可があれば読む事ができる

とありますが、その許可を先生たちは出すことができるのでしょうか?
僕らの幼い時は当たり前だった教育(これが良いことだったとはわからないけど)が変わって来ている中で

「子供にはだしのゲンを読ませるなんて!!」って言い出す親もいるかもしれない。

漫画のようなわかりやすいものを排除していったら
今の小学生は何から戦争を学ぶのでしょうか?

「24の瞳」だってリメイクよりも、最初のを見せるべきだと思う

正直、リメイクは観てないけど、こんなことが言われている世の中で
どんどん表現はしにくくなっていると思う。

きっとどんどんと僕らの親や祖父が経験した時代は薄れて行くと思う。

僕らの世代がここで、残して行かないといけないんだと思う。


はだしのゲンの内容が全て事実かどうかはわかりません
ただ、その表現になった経験を元にしたことはあったことは事実だと思います。

こういうことがあったかもしれない

で、十分だと思う。あとはいろんなものを読んだり、聴いたりする中で
自分の中でちゃんと知っていればいいと思う。

あったかもしれないことをなかったことにはしないようにしたいです。







| かんがえること | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
「死ね」という言葉ほど、発した人を憐れむ言葉はない

友人でも、知人でも、どうでもいい他人でも

たまに誰かの発言の返しに

「死んでしまえばいいのに」

とか言う人がいる。


僕はなぜこの人はこんなことを言ってしまうのだろう

どんな経験をしてきたら、生きている人に向かって

「死ね」と言えるのだろうか。ととても憐れんでみてしまう。

とても卑屈な人だなぁと。


(死んでいる人に「生きろ」というのは可能性がゼロだ。)


冗談ではあるんだと思うんだけど

この「死ね」と言った近いうちに

もし相手が不慮の事故に見舞われて、亡くなったとしたら

何を思うんだろう(きっととてつもない後悔をするんじゃないか)


言葉は伝えるにはとても重いものなので

twitterなどで、半匿名制を持ったツールで軽々と「死ね」と

言っているのもどうかと思うよ


少なくとも、自分の友人にそんなことを言うような人はいてほしくないぁ

と思う。


まぁ、ちらほらいるんだけどさ。


俺がそれを言われたら、即答で

「俺が明日死んだら後悔すると思うからマジでやめたほうがいいよ」

というからね。



だいぶ前からこのことは友人にも注意してきたので、その友人が観ていたら
その時のことのようで心苦しいのだけれども、今日は今日できっかけがあった。
というのも、「あまちゃん観てる奴らは、あまちゃんあまちゃんうるさい!死んで来い」と
言っているツイートをみかけたからなんだけどね。

俺はあまちゃんを一度しかまともに観たことが無くて、(単に乗り遅れちゃっただけなんだkど)
あまちゃんにハマっている人は確かに「あまちゃんあまちゃん!」と言っているんだけど
そんなことに「死ね」と言っているのは何も面白いツイートでもなんでもないんだぞ。

ってことだ。

あと、ちなみに俺はとても真面目な性格(こういう内容については)で
「あはは、冗談じゃん、こういうのは!」とか言われても笑えません。


| かんがえること | 18:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
時間は短くしちゃいけない、長くした方がいいんじゃないかな
 

お久しぶりです。
やっぱりこっちのブログを続けようと思います。
ちょっと2週間だけですがハワイに行ってきました
それはそれは有意義なものでした、ひとっつもイライラすることがなかった
わずらわしいこともなにひとつなくて
なかなか来ないバスを待ち続けたことくらいはちょっと気になったけど
そんな時間を待っているのが楽しく思えた、そして長く感じられた

時間は短くしちゃいけない、長くしなくちゃいけないことだと思った

携帯電話がまともに使えない状況は良かった
家族を除いて、自分以外のことが気にならなかった
もちろん気にしないといけないことはあります
でも、必要なことは自分の必要なやり方で入手できます
今は何かと時間の中で短く入手できて、そして140文字でそれを伝えようとしていたりするし
どこから回って来たものかもわからないものが
一瞬でも、脳裏に焼き付いて、真実を見失ってしまう
いわゆる伝言ゲームは絶対にうまく回ることはないと思う

でも、知らなくちゃいけないことを無視してはいけない

だから知ることはもちろん続けなくちゃいけないし、自分の中でももっと進化しなくちゃいけない
そして、時間をかけた方がいいと思う。時間をかけて物事を知ることを心がけよう

とにかく毎日時間を長く感じるようにしよう

最後にひとつだけ言っておきたいことがある
みんなに「どうしてハワイにいくの?」って聞かれて「リフレッシュ!」って答えて来たんだけどさ。
ハワイ行く前にアナのライヴの打上後に周りの人に
「なぜ、空斗くんはハワイに行くのか?」と大内くんが尋ねられた際に

「リセットするんだって」と言い放ったのだ。

俺はその受け手側の大内くんの友人を知らなかったから
否定をする気にはならなかったけど

その友人も

「え?リセット?2週間で!!?」とちょっと驚いていた。

アナのサポートの人はたった2週間で人生を一度リセットしにいくような奴

ということになってしまったのである。

俺は少し恨んでいるよ、、、、。笑

俺はリフレッシュしてきたんだ。



| かんがえること | 03:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
バンド、ライヴハウス、お客さん、音楽などの事情と、俺のわがままな大事なことについて。
 敵を作りたいわけじゃないんだけど、でも、敵を作りたくなる。

なんなんだろ、反抗期なの?

僕らはライヴハウスでライヴをやってあげているわけでもなく、
やらせてもらっているだけでもなければ、わけでもない。
ライヴハウスもライヴをやらせてあげているだけでもなければ、わけでもない、
イベントに出てやっているわけでもなく、出させてもらっているわけでもない

常に対等なんだよ

バンドはやるところがなければ、みんなに来てもらえないし
ライヴハウスはバンドがいなければ、みんなに来てもらえないし、成り立たない
そもそも、音楽が好きなんだよね?音楽が好きなんだよ!



だから、僕はいつも思う。
トレモロイドはライヴをやらせてもらっているだけじゃない。
ライヴをやってあげているわけでもない。

お互いに音楽を作ってるんでしょ?


インディーズのバンドが出演している
イベントというのは、主催者(ライヴハウス/イベンター)がノルマを求めてくる場合がある

例えば、1バンド×16枚(2000円)=32000円

この条件の場合はバンド側は16枚以上売らないと黒字にならない。

■10人呼んだ場合
ノルマ(16枚×2000)-動員(10人×2000円)=6人×2000円

つまり12000円をイベンターに自腹で払わなくちゃいけない。
出費して、ライヴをやっているのだ。

そして、17枚目以降は50%バックとかで、

20人呼んだら、4枚×2000×0.5=4000円をバンド側がもらえて、
残り4000円はイベンター側の収益となる

あと、機材費というのがあってね。

ドラムセットとか、ギターアンプなどをレンタルする代もかかるんです。

ライヴハウスになじみのない人だったり、
友達のライヴを見に行ったりすると華やかに思うかもしれないけど、
意外と現実的。

場所を借りて、その部屋の機材を借りているわけです。

わかりやすく言うと、結婚式とかさ
ホールレンタルは当たり前だけど、プラス機材費(マイクとか借りて、椅子も人数分出したり)とかがかかるようなイメージ?
だから、広ければ、そんだけお客さんを呼ばないと元が取れないわけです。


イベントを作るってことはさ
自分の理想の空間作りにいろんな人を加えるってことでしょ?
そこに関わる人に、お客さんが0人だったら、お金を払わせるという行為が気に食わない。
だから、ノルマをかけてくるようなイベントには出演しようとは思わないし、ノルマをかけたとしえも、そこには何か意味があって欲しい。

気合いを入れたイベントなんです!とか言ってくるようものなら、

「じゃーどうして、バンドにノルマをかけているんですか?」と問う。

最悪な場合は返事が来ない場合もある。

本当に不思議だと思う

そんなに気合いを入れているなら、全額自分で支払うのを前提に、
バンドをノーノルマで誘えばいいと思うんだ。(極論ね。)

もちろん、バンドもノルマをかけらても出演したいイベントだったら
赤字になってまでライヴはできればやりたくないから、必死に呼ぶと思う。

そうなれば、ライヴハウスはお客で人に溢れるのかもしれない。

だけど、自分で作る空間なんだから、その空間を彩る人たちとも
必要なものがあってさ。

よくライヴの出演依頼をメールで送られて来たりするけど、
やっぱり、顔を見合わせて話したいと思う。

そして、どんなイベントにしたいとか、それにはどうしてもこれだけの費用がかかるから
自分の力でこれだけはお客さんを呼ぶから、バンド側には最低5人は呼んで欲しいとかさ
バンド側にも、このイベンターのイベントにはできるだけ、お客さんも呼んで、ライヴをやりたい!そう思わせなくちゃいけないと思うんだよね。

俺が今、ほとんどのライヴのスケジュールを組むわけだけど、
できるだけ、顔を会わせたり、メールよりも、電話、電話よりも、会う。を大事にしているし、向こうもそれを大事にしてくれている。



仕組みがあるんだ

ライヴハウスも無料では、なかなか借りる事ができない。

例えば、15時から22時まで借りた場合に
15万円のホールレンタル料があるとする。

そうなると、5バンドでのイベントを考えて
1バンドにチケット2000円の15枚ノルマをかけて、出演交渉をする。

こうれすれば、5バンドでお客さんが0でも、15でも、必ず15万円確保できて、
イベンターは自腹を切る必要がない。

ノルマがかからないイベントにも僕は出演している
例えば、明日のワイルドガンクレイジーでは、僕らはノルマはかけられていない。
だけど、俺は彼のイベントでは頑張っている。
ここ数回の彼のイベント出演の中では、常に出演バンドの中で動員は1番になろうとしている。
事実明日だって、30人以上の予約が来ている。

つまり、15人以上呼ぶわけだから、ノルマなんかかける必要がないんだよね。

コレができるのは共演者が素晴らしいのもあるし、SHELTERという箱の持つ力なのかもしれないし、トレモロイドであることもあるのかもしれないし、僕がイベンターである、遠藤冬真の6周年を祝いたいという気持ちがあるからかもしれない。

とにかく、イベンターも、出演するバンドがテンションあがるような環境を作らなくちゃいけないとは思う。

特にさ、同じお金を払うんだから、イベント全体を楽しんで欲しいじゃん。

ドラえもんの映画が2本立てとかだと、どうしても
ミニどらなんか、どうでもよくて、早く本編が観たい!みたいなさ、
(まぁ、俺はミニどらが欲しくて、映画館に行ったがな。ちなみにたとえがそんなにうまくない)

そんなイベントはよくあるけど、どうかなって思う。
なんで、このバンド(否定するわけではなく)とトレモロイドが同じイベントなんだろ?
みたいなね、通ずるものが感じられないとか。


なんか長くなったけど、

ノルマを15枚かけて、バンドに負担をかけて、演奏してもらって
出てもらって安心するんじゃなくて(バンドは不安だよ!)

バンドとの関係を、HPがどんなものかみて、ライヴを見に行って、メンバーと話して、
メールよりも、電話、電話よりも、会ったりしてさ、酒飲んでもいいし、コーヒー飲んだっていいし、お店に入らなくても、缶コーヒーでも買って外でもいいしさ。
バンド側が憧れているようなライヴハウスでのイベントだったり、憧れているようなバンドとの対バンだったりさ、ギャラがチケットを1枚売るごとに、40%チャージバックするとかさ、いろんなことあると思うんだよね。日々なにかを作っていこうよ
そして、ノルマをかけなくても、15人以上呼んでもらえるような関係を目指すべきだと俺は言いたい!!そして、俺はそれに答えるよ。

トレモロイドもそんな人たちに出会えるような活動をしたい。

正直、批判をしようと思えば、たくさんいいたい事があるんだけど、
そんなの本人に直接言えばいいことだから。言う必要がある人には言うし、
どうこうしようと思わない人には何も言わない。

でも、気持ちが伝わる人たちもいてさ。

新宿の池内さんは、よく外のライヴハウスで見かける。
ライヴハウスのブッキングの人って基本的には自分のライヴハウスで毎日のように
自分が作ったイベントがあるものだから、外にでられない。
すなわち、自分のライヴハウス以外に出演しているバンドのライヴを生で見る事ができずに、CD音源や、YOUTUBEや、myspaceなどで視聴して誘うしかない。

だから、motionの池内さんや、前にベースメントバーにいたさつきちゃん(現在は渋谷HOME)や冬真くんみたいに、いろんなライヴハウスに顔を出している人は信頼できる。

俺がライヴハウスを経営したとすれば、3人ぐらいにブッキングする人を
ローテンションでまわして、自分の企画じゃない日は、いろんなライヴハウスに見に行ってもらいたいと思う。(人件費とかかかるんでしょうね。きっと)

京都nanoのもぐら店長は、電話で話すんだけど、いつも愛を語りたくなってしまう。
お互いに、電話をかけると「今日、ちょうど電話しようと思ってたんだよ」って言うんだよね。(笑)
nanoで見るトレモロイドはひと味違うんですよ?これは来てみればわかります。

京都のVOXHALLのchoriくんの誘いにはまだ一度しか出演できていないけど、
彼も急に夜電話してきて、「今思った事があったんで」とか、メールで
今、トレモロイドのシンデレラを聴いていたらとか。リアルタイムな感情を伝えて来てくれてさ、テンションあがるよ。

大事な人たちに「今君の事を考えていたらさ」なんて言われたら嬉しいよね。

下北沢CLUB Queの二位さんは俺が完全に迷っていた時期に、何度も企画書を持って、
イベントをやりたい!って言っても、絶対にやらせてくれなくて、正直、いじけていたよ、俺は。
でも、自分を取り戻した時に、あそこでイベントをやらなくて良かったと思っているし、
すげーくだらないと言われるかもだけど、俺がQueに遊びに行けば、必ず打ち上げなどでお茶を片手に、隣に座って、「最近どうですか?」とクックックと言った感じで話しかけてくれる。

南堀江knaveの堤野さんも、つねに、なにかキーとなる出演者を交えて
イベントに呼んでくれる。今度のイベントもdracaenaに、カルマセーキと楽しみ。

青山月見ル君想フの寺尾くんは、何度もトレモロイドを誘って来てくれている。
スケジュールや、イメージ、タイミングなどが合わなかったりして、断ったとしても
必ず、「また誘いますね」と言ってくれる。

これがすごく大事なことだと想う

相手に断られても、この言葉があるかないか、返事があるかないかで
全然違うものになるからね。

この言葉がない人とは、それから関わりたいとは思えなくなると思う。

ただ、好きな人に告白して、断られても
「また告白しますね」というのはNGだと思うから、気をつけろ!

間をあけるのも駆け引きだ!

って、なんの話をしているのか。

だから!寺尾くんとは続くわけで、こっちもちゃんと意見を言えるし、
ここぞ!って時は出演したいなって思う。

バンドで言えば、京都のバンド、空中ループのみんなとはそういうところも通ってるなって思う。
京都に行けば、見に来てくれるし、見れなくても会いに来てくれる。

空中が東京に来れば、見に行けなくても会いに行きたくなるしね。
だから、また一緒にイベントを作りたい。

いつもライヴを見に来てくれるお客さんにも、すごく感謝している。
今は、毎回のライヴを1ミリでもよくしようと思って演奏している。

あとね、僕らが出演しているライヴハウスの中にも
例えば、お客さんがゼロ人でも、問題ないというか、出費がないライヴハウスもあります。
でも、それは”お客さんを呼んで当たり前”ということ。

よく、トレモロイドはあそこのライヴハウス出れてうらやましいな。
ノルマないんでしょ?楽だよね!!

って言ってくるバンドマンもいて、「アホか」と思う。

そんな意識だから、ノルマをかけてくるライヴハウスが多いんだと思う(しょうがないよね)

だから、バンドマン自体も変わらなくちゃいけないんだ。

急にこんな夜中に2時間近くをかけて、文章を書き出して、
イラつきを隠せなかったり、気持ちを誰かに伝えてくて、すっきりしそうな自分や、
頭の中のぐちゃぐちゃを文章に書いてみたら、「あぁ、俺はこうしたかったんだな」
とか思っている。

ちなみに俺は告白すると、意外にすっきりしちゃう人間だったりする。

何かと恋愛に絡んでいますが、

音楽も全てのものも、
想いを大事にすれば、自然と恋愛を同じものになる。と思う。

バンドも恋愛というのはよくある話。


俺は単純明快に、心が通わせたいだけなのかもしれない。
安心をしたいだけじゃなくて、安心をした上で、次のところに行きたい。
なんでも、いい合えるような関係を作りたいのかも。


こんなのは音楽とは関係ないと言われれば、そうかもしれない。
素晴らしい音楽があれば、誰も文句は言わないのかもしれない。
だけど、俺は音楽をやるにあたって、大事にしているものがある。
だから、それを大事にしている人と生きていこうと思っている。


12時に寝るつもりだったのに、4時をすぎたので、
もう寝ることにします。

また何か語る時まで、この続きは。
もう充分すぎる内容だと思うけど。

読んでくれてありがとう。

| かんがえること | 02:35 | comments(7) | trackbacks(0) |
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